面白そうだなと思ったんですよね。実はずっと前は、コーチングにあまり良いイメージを持っていなかったんです。でもある会に入ったら、いろんな人がコーチをされていて。「いろんなものがあるんだな、もはや何がなんだかわからないな」と思って。
それでも興味はありました。なぜ興味があるのかというと——自分のことが、やっぱりわからないと思っているからかな、と。「私って何なんだろう?」というのは、常にあるんです。よくわかんないな、自分って、と思うところがあって。たぶん、受け入れられないものがあるってことなのかもしれません。
その前にグループで、信念みたいなものを扱う機会があって。それで「まだもうちょっと知りたいな」というのがあったのかな。自分を探求するのが面白いなと思ったんですよね。
自分が普段「楽しい」と感じたり、していること。結局それが、そのまま自分の求めていることなのかな、と再確認ができました。
普段思っていることと大して変わらないんだな、と。それを出せたことで、終わった後にすごくすっきりしたんです。もうこれを受け入れるしかない、というか。何か違うものを求めようと、わざわざしていたのかもしれない。特別なことじゃなく、そのままの自分を受け取るのが一番早いのかな、いいのかなという風に思えました。
自分は大して何も考えていないんだな、わざわざ難しくしようとしてるのかも、と。感覚的にですけど。
よく「あなたは悩んでたいんだよ」って言われることがあるんです。本当は、心底では悩んでいないのに。難しく考えようとしちゃってるところがあるのかもしれない。何にしても、簡単に解決したらダメだって、どこかで思ってるのかもって。
実は昨日、改めて認識させられることがあって。自分の「タチ」——個性のことですね——を活かして生きたらいい、というのは頭ではわかっているんです。じゃあ自分の「タチ」って何だろうね、と私がつぶやいたら、知人に「そのままでいいってことでしょ、だから」って言われて。「わざわざ“タチ”を活かすとか言って、納得させるために難しいこと言ってんじゃないの?」って。あー、と思ったんですよ。
うちの下の子が今、高校二年生なんですけど。幼稚園ぐらいの時の方が——もちろん可愛いのは当たり前なんですが——なんだか人が変わっちゃった、でもないけれど。すごく周りのことを気にするし、いろいろ策略を頭の中で考えて生きている。それを見ると「あの時あんなに可愛かったのに、自由にできなくなっちゃって、悪いことしたかな」と思ってしまって。夫に言ったら「でも、あのままあどけない高校生って怖くない?」と言われて。
人は結局、幼い頃の心でいるのが一番楽なんじゃないかなと思うんです。でも、たまに大人でも子供のままみたいな人っているじゃないですか。それって、ちょっと困ったりもする。本当はそこに行く方がいいのに。余計な知識とか経験を身につけると、人間って曲がっていっちゃうのかな、と思いつつ——でも結局そこに戻りたがって、コーチングとかセッションを受ける。この矛盾。
終わった時に、なんだか窓枠をがばっと取られた感じがして。所詮そうなんだな、という感じはしたんですよね。
あの時間、旅に出た——というと大げさかもしれませんが、ざっくりと船旅に出たみたいな感じを味わえたのが良かったですね。太い時間、というか。
海だったら、いつもは潜らない深さの、深海の方に行ってきた感じ。知らない色を見たみたいな感覚です。全体的に青いんですけど。普段だったら、自分では潜らないところですね。
そこで何を見つけたかというと……見つけたというか、一回経験した感じ。先に経験した感じかな。「こういう人生を味わったら、自分は満足なんだろうな」というのを、先に一回経験できた感じかもしれません。
ナレーターとしてはバッチリ最高、みたいな感じ(笑)。あくまでも字幕の外にいてくれる。余計なところに入ってこないんです。
すごく具体的ではないけれど、感覚的に「あー」という感じで。メモを見返すと、ざっくりだけど「こんな感じだったんだ」と、その時間を楽しんだ感覚がよみがえってくるんですよね。
究極だと思うんです。だって自分の人生って一回しか生きられないのに、先にちょっと味わえた。時短で。すごく並んだ末においしくないお店に入るより、先にちょっと試食して確認できる、みたいな感じじゃないですか。
自分の感覚がすごく変わりました。
実は受けたのが6月で、4月5月は個人的にいろいろあって、珍しく息苦しい時期だったんです。一旦整理したいと思っていた時期だったので、そのタイミングでセッションを受けられて、すごく楽になったというか。自分の大事なところ、太線のところだけがわかったので、「改めてやり直そうかな」と気を取り戻せた。すごく良かったですね。
よそ見をしないでいける感覚はあります。
今まではいろんな余分なものも見てきてしまっていて。自分のことだけを見るのが大事だというのは頭でわかっているけれど、それができないから、いつも同じところで同じようなトラブルに、自分からぶつかってしまう。今回も、6年ぐらい前と同じような経験をしてしまって、それが自分の中ではすごく嫌だったんです。
でもそれも含めて、自分の太線の、この大事なところだけを見て動いていなかったな、と気づかされたんですよね。たぶんそれが自分の価値観なんだと思います。結局これをやるしかない、ここを生きるしかない——そこに気づかされた感覚があります。
なんだろう……肥しの入った土。柔らかい、肥えた土みたいな感じかな。
終わった後に正直思ったのは、陽さんはどういう人を対象にされているのかな、ということ。もしかしたら学生さんにもされているのかもしれないけれど、若いうちに陽さんに出会ってほしいなって思ったんです。私は親としてね。今、娘が就活中だったり、息子も進路を考える時期だったりするので。若い時期にみんな出会ってほしいなという感じがあります。ビジネス的にも成り立つと思いますし、何より社会への貢献度が高い。
それに、会社員をされていた時期も長いじゃないですか。私の周りは個人事業主が多くて偏りがあるので、両方を経験されている方だというのは大きいです。親としては、早くその土壌に触れてほしいわけですよ。
人間ですよ、まさに。人間をやってるじゃないですか。
コーチングって、スキルの部分もあるじゃないですか。だから技で来られると、こちらは身構えてしまうというか、負けちゃうみたいな感覚になることもある。でも陽さんは、そうじゃないんです。コーチである前に、人間なんですよ。
あとはやっぱり、賢明なところ。それと——言い方が悪かったら変換してくださいね、私は知っている言葉が少ないので——泥臭いところ。そういうところがいいですよね。
コーチ茂原陽でありながら、やっぱり人間。そのスタンスが、コーチング術でやっつけられない感じがして、私としてはすごくいいです。それは本当に大きいです。


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